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1. 現状認識 現在の深刻な不況と閉塞状況は、1980年代に先進工業国へのキャッチ・アップが実現した後に、当然、新たな独自の方向の設定と、それに応じた構造転換を行わなくてはならなかったが、それを先延ばしにした結果、ツケがまわってきてしまった現象だと言える。 明治維新以来、日本の社会システムは、先進工業国へのキャッチ・アップを目標とし、それを効率的に達成することに合わせて、さまざまな仕組みがつくられてきたと言える。そして、先進工業国へのキャッチ・アップという目標が達成されてしまえば、社会システムの大幅な再設計が必要になる。しかし、それには大きな知的なエネルギーを必要とし、1980年代の日本社会では、ダイアローグの共通空間の希薄化が進んでいて、そうしたエネルギーを集約できる条件を備えていなかった。 そのため、なすべき大きな構造転換にとりくめないまま、惰性で従来の軌道の延長上に走っていった結果、咲いたあだ花がバブル経済だった。その反動として、現在の深刻な不況が起きている。 EU諸国の場合、1980~90年代に、ポスト・マテリアリズム(脱物質主義)の価値観が主導する社会への転換が起きているが、その過程では、気長で着実な議論の積み重ねと新たな制度の工夫がなされている。それに対して、1980年代後半のバブル経済時代の日本社会には、ポスト・マテリアリズムとは逆に拝金主義がはびこり、社会システムの再設計のための議論をしようとしても、ほとんど相手にされない状態だった。 ポスト工業社会への転換は、キャッチ・アップ型の工業化を目標にしてきた日本社会の場合、EU諸国の場合に較べて、より大きなエネルギーを要する。キャッチ・アップ型に適した「動機や評価の体系」から、独自のテーマを発見し、追求する人を育て支援する「動機や評価の体系」への転換は飛躍が大きく、かなりの難事だからだ。にもかかわらず、80年代後半の日本社会の大多数の人たちには、そうした問題意識はきわめて乏しかった。 先進工業国へのキャッチ・アップという目標の達成が射程に入ったところで、いくつかのレベルでの構造転換が不可欠だった。こうした構造転換を成し遂げないと、次の新たな方向への発展は、起きにくいと思われる。 (a) 開発優先から自然生態系の再生への重点の移行 2. 構造転換への萌芽 1980年代に、構造転換を先延べにし、従来の惰性的な政策が続けられた結果、バブル経済と拝金主義の蔓延、さらにその反動として不良債権が重しとなった不況、というように負の連鎖がおき、ぬかるみに入り込んでしまったかの感がある。 しかし、危機の深刻化とともに、ようやく、地域の側から構造転換の確かな萌芽が少しずつ育ってきている。国と地方の債務が異常に大きくなり、従来型の公共事業による需要創出策を続けることができないことが明白になり、環境破壊型の公共事業に対する地域の住民グループの批判が大きな共感を得るようになって、地域の中からの内発的な可能性に目が向けられるようになっている。 問題をしっかり捉えることができる地域では、公共事業依存型の地域経済を続けていくことができないという認識とともに、地域の資源を生かした経済循環を組立て直すしかない、という自覚をもつようになりつつある。 また、環境破壊型の公共事業を批判する市民グループ、住民グループなど、小さな萌芽が横につながって、大きな流れをつくりだそうとしている。 上の(a)~(g)ような、さまざまなレベルの転換は、たがいに関連しあっていて、バラバラに進めるのではなく、大きな相乗効果が生まれるような進め方をしないと、短期間に大きな転換を実現することは難しい。あちこちに生まれている小さな萌芽を結びつけて、シナジー(相乗的な連鎖)をつくりだしていく戦略が必要だ。 需要研究所で企画・製作してきたインターネット上の「WebLogue/ EcoNavi」は、構造転換の小さな萌芽の相互のつながりを見つけだす、触媒としての役割を目指している。 3. 「共創社会」に向かっての設計思想 構造転換を進めていく拠点とそのネットワークを創りだしていく社会システムの設計思想として、需要研究所では、「共創社会」のモデルを提案している。 (a)~(g)の構造転換は、あちこちの要となるスポットにおける先行的な試みとそのネットワークによって進んでいくだろう。要となるスポットは、新しい事業領域(営利および非営利)を開拓していくパイオニアであるとともに、新しいタイプの「動機と評価の体系」、「人材育成と学びの仕組み」をつくり出していく場ともなるような性格をもたなくてはならない。 そうした点を重視して、基本ユニットとそのネットワークが備えなくてはいけない条件について検討した。 (1) 基本ユニット=フィールドに根ざす自立的な小さなグループ、組織 「フィールド」とは、地域、テーマ領域など、まとまりをもつ複雑な生成的システムだ。地域は、そこの気象、生態系、住民の生産活動、文化活動などか相互に関連する複雑なシステムをなす。空間的な場所だけでなく、意識空間の場所もフィールドとなる。たとえば「宮沢賢治の宇宙」編集委員会にとっては、宮沢賢治の作品群がフィールドと言える。 「フィールドに根ざす自立的なユニット」とは、NPO(市民事業体)、住民グループ、フィールド・ラボ、小さな営利企業、大きな営利企業の中の地域密着の店舗、プロジェクト・チームなど。 例えば、地域に根ざす自立的なNPOは、地域での日々の活動を通じて自分たちが感じとったことをもとに、自分たちのテーマを設定し、それに効果的に取り組むにはどうすればいいか、工夫を重ねていく。小さなグループでは、さまざまな状況に対応するために、それぞれのメンバーが臨機応変にさまざまな役割を果たす必要があり、多面的な能力の開発が促される。 地域の問題に対処する活動では、取り組むテーマに応じてさまざまな専門分野の知識、技能をもつ人がチームをつくることも多い。そして、その人たちがあるフィールドで、どんな役割を果たすべきかを検討する際に、ある分野の専門的な知識、技能を豊富にもつ専門家は、専門知識や技術を華々しく使える我田引水のメニューを勧める考え方に陥りがちだ。 しかし「フィールドに根ざす自立的なユニット」の基本的な特徴は、専門分野の視点に合わせて現実を見るのではなく、そこに生活する人たちや生き物たちの間に身をおいて、そのフィールドの特質を深く感じ、よく知るフィールドワークを原点にすることにある。その上で、「そのフィールドで解決すべきほんとうの問題は何か」をよく調べ、その問題を解決するためには、どんな知識、技能の組み合わせが有効かを検討する。フィールドにおける「ほんとうの問題」を明らかにし、その解決のために、要素となる知識、技能、技術のよい形の組み合わせを探りだしていく、そういう意味での「フィールド・エンジアリング」の機能がきわめて重要になっている。 フィールドにおける「ほんとうの問題」を解決するための、要素となる知識、技能、技術の優れた組み合わせの開発は、新しいサービス、製品を生み出すイノベーションとなる。 こうしたグループ、組織が自立的にさまざまな企てを行える条件を整えることが重要になる。 (2) 基本ユニット(フィールドに根ざす自立的な小さなグループ、組織) どうしの情報共有にもとづくコラボレーション NPOのような非営利の事業体の強みは、重要な情報をたがいに隠し合う必要がないため、非営利事業体どうしが情報を共有し、必要に応じて効果的なコラボレーションを行える点にある。 インターネットをはじめとする情報技術は情報共有をしやすくするため、インターネットをうまく使えば、NPOは飛躍的に力をつけることができる。 営利組織か非営利組織かに関わりなく、「フィールドに根ざす自立的な基本ユニット」は、自分たちが活動するフィールドで、何が解決すべきほんとうの問題かを明らかにした上で、問題解決のために、よい形の技能や技術、知識の組み合わせを探っていく。それがうまく進むためには、利用可能な技術、技能、素材、知識、ソフトウェア、人材などについて、基本ユニットどうしが情報共有できる仕組みがきわめて重要になる。 そして、基本ユニットどうしのコラボレーションを通じて、よい形の技能や技術、知識の組み合わせをみつけだす、新しいサービス、製品の開発が進みやすい環境づくりが望まれる。 (3) 地域の内発的発展/持続可能な発展への転換を支える 「フィールド・エンジニアリング・ネットワーク」 公共事業依存型の地域経済を続けていくことはできないことが明白になるとともに、「地域の内発的発展」に本気で取り組むところが増えていくに違いない。 「地域の内発的発展」を進めるためには、まず、つぎのような作業が必要になる。 (a) 地域の資源の見直し-----自然資源、文化資源、人的資源こうした効果を生み出すために、例えば、つぎのようなテーマへの取り組みが考えられる。 (k) 自然生態系の再生こうした「地域の内発的発展」、「持続可能な発展」を生み出す、という課題への地域の人たちの取り組みを効果的にサポートできる「フィールド・エンジニアリング・ネットワーク」づくりが望まれる。つぎのような異分野の「フィールド・エンジニアリング」どうしのコラボレーションをうまく行えるネットワークづくりである。 (A) 地域の生態系についてのフィールドワークと生態系再生のエンジニアリング(4) フィールド・ラボラトリー+エコ・ミュージアム+ウェブ・ミュージアム 地域の内発的発展の核として、さまざまな新たな可能性を開拓する探究の拠点としての役割をもつのが、フィールド・ラボラトリーである。 世代から世代へと継承されてきた地域の伝統的な手仕事や農林漁業のうちには、地域の自然資源をたくみに活かす豊かな知恵が含まれている。そうした知恵を現代に活かすためには、まず、伝統的な技法や知恵を徹底的に掘り下げて、その真髄を学ぶことが必要だ。フィールド・ラボラトリーは、豊かな自然資源をもつフィールドでのさまざまな試行を通じて、伝統的な技法の可能性をつきつめ、新たな可能性を探究する工房+農園+山林+海である。フィールド・ラボは、当然、その技法を深く学び、新しい可能性を追究する意欲的な人材を育成する研修センターをともなう。 地域の自然資源と伝統的な生活の知恵のつながりを深く探究するフィールド・ラボは、おのずから、旅人や地域の人たちの体験的な学びの場としてのエコ・ミュージアムを派生させていく性格をもっている。 また、フィールド・ラボラトリーとエコ・ミュージアムの知識・情報の系統的な集積と情報発信の仕組みとして、ウェブ・ミュージアムが組み合わせられると、より多面的な発展の可能性が開ける。 (5) 地域の核になる機能のシナジー(相乗的な結びつき)の促進 人々が生き生きと生活し、働く地域では、地域の基本的な機能がよい形で、つながり合って、核となる機能のシナジー(相乗的な結びつき)効果がつくられている。 例えば、八重山のように、活力のある地域では、「野の遊び」「野の学び」「野の仕事」がよい形の相互連関をつくっている。 祭や儀礼、芸能は、その地域の伝統として継承されてきたコスモロジーが濃縮されたパフォーマンスである。祭や儀礼、芸能は「野の遊び」と言えるとすると、「野の遊び」は、それに参加する若者たちが、所作やリズムを身につけることを通じて、コスモロジーをだんだんに体感できるようになっていく「野の学び」でもある。 祭や儀礼、芸能をコスモロジーが濃縮されたパフォーマンスとして継承していこうとすると、その地域の天然素材を生かした衣裳や道具をつくる技術の保持も重要になる。天然素材を生かした「野の仕事」としての手仕事が「野の遊び」と不可分に結びついている訳だ。 このように、地域における「野の学び」、「野の遊び」、「野の仕事」のシナジー(相乗的な結びつき)がよい形でつくらると、地域は生き生きとした力をもつ。 地域の活力を取り戻すには、こうした地域の基本的な機能を補強するとともに、機能どうしのよい形のつながりを生成させることが大事だろう。 |
共創社会と創造的・ 触発的コミュニケー ションの研究 |