(光芒社より刊行)
1-1.閉塞状況を打開する連鎖 -----インターネット/フィールドワーク/NPO 日本の社会は、いろいろな意味で、大きく変わらなければいけないと言われながら、なかなか変わらず(変えられず)、依然として重苦しい閉塞感に覆われている。それを反映して、子供や若者が未来に対して希望をもっていないことが目立つ社会のひとつになってしまっている。 この本のテーマはこの閉塞状況を打破する道筋をさぐっていくことであり、その手がかりが「インターネット」「フィールドワーク(野の学び)」「NPO(非営利組織)」というキーワードによって表される動きや方法、考え方とそれらの相互作用にあるという着想を私たちはもっている。 閉塞状況を破る手がかりとして、なぜ「インターネット」「フィールドワーク」「NPO」に着目したのかを説明するためには、まず、いったい、現在の日本の社会の閉塞状況は、何に由来するのかを整理しておく必要がある。閉塞状況とは、「閉ざされ、ふさがれた状況」ということだが、現在の日本の社会は、何に対して「閉ざされて」いるのだろうか? まず、第一には、未来に対して閉ざされているということだろう。自分たちで自らの未来をつくり出していけるという希望が閉ざされていて、与えられた制度のもとで、与えられたマニュアルにしたがって生きていく退屈な人生しか選べないと思いこまされている人たちが多いのではないか。 第二には、世界や異文化に対して閉ざされている。現在の日本の社会では、海外や異文化についての情報は溢れているし、海外旅行もさかんだ。しかし、これは必ずしも、世界に対して開かれた関係をもてるのに十分な条件にはならない。異なる文化をもった人たちとたがいに学びあい、触発しあう関係の中で、さまざまな創造的な可能性が見えてくるのであり、たがいの殻をこわしていくそうした相互的な関係がないと、カプセルの中に閉じこもったままで、情報を摂取するだけになってしまう。 こうした「未来に対して閉ざされている」「世界に対して閉ざされている」という状態がどこからきているかを考えると、個々人の相互的な関係のあり方に基本的な問題があることがわかる。つまり、第三に、生きたコミュニケーションや共働的(コラボレーティブ)な関係に対して閉ざされているということである。単に知識や情報を伝えたり、受け取ったりするだけではなく、対話を通じて、それまで気づかなかった視点や考え方が見いだされるのが、生きたコミュニケーションである。つまり、生きた、相互的なコミュニケーションとは、掘り下げた対話を通じて、自分も変わり、相手も変わり、両者の間に新たな関係が生まれてくるようなコミュニケーションである。 そうした生きたコミュニケーションの価値を多数の人たちが体得してはじめて、その積み重ねを通じて自分たちの未来を自らつくりだしていけるという確信が生まれるし、異なる文化の間の開かれた関係の形成も可能になる。しかし、現在は時代の大きな過渡期にあり、よく考え、しっかり議論がされなければならない重要なテーマがたくさんあるにもかかわらず、開かれた場での生きた議論を通じて、問題を煮詰め、共通の土俵をつくりだしていくという機能がきわめて弱体化してしまっている。この問題が、閉塞状況の根っこにある。 こうした閉塞状況を打破するために、インターネットというメディアはどんな役割を果たしうるだろうか。一般にインターネットは、詳細な情報を入手するためのメディアとして評価されている。しかし、こうした情報入手の道具という機能にどとまると、インターネットは閉塞状況を破るためにはあまり貢献しないと考えられる。これだけでは、上で触れたような生きたコミュニケーションや共働的な関係をつくりだすことにならないからだ。 では、生きた、相互的なコミュニケーションの生成に、インターネットがどのような形で貢献するかというと、まず、インターネットは権威者として認められてはいない人たちが容易に公的に表現/発言できるメディアであるという点が重要だ。つまり、本、新聞や雑誌などのメディアは、編集者が公的に流通させる価値があると判断した人の表現や発言だけに門戸が開かれているのに対して、インターネットの場合には、そうした制約はなく、誰れでも低コストで公に表現や発言できるメディアである。また、ある時点では特定の人にしか関心のないテーマであっても、そのテーマに関心のある人は探しだして見にきてくれるため、多数者の関心を集めるにはいたっていないテーマについて情報発信したり、問題提起したりするには、今までにないすぐれた条件をもつメディアだと言える。 こうしたインターネットの特性を生かして、マス・メディアではあまり注目されるにいたっていないような先行的なテーマについての多彩な発言や表現が日本語ページでも急速に増えている。この点では、生きた、相互的なコミュニケーションの生成のために、インターネットはすでに大事な役割を果たしはじめている。しかし、日本語ページの場合には、そうした情報発信や問題提起が一方通行になっていることが多く、インターネット上で相互触発的な対話が生まれてくるということは、今のところあまり多くはないようだ。 そこで、インターネットを通じて発言/表現する人たちどうしのたがいのつながりが、どのような形で生まれてくるかが大事な問題になるが、その点で注目したいのがインターネットを通じてのNPO(非営利組織)どうしの結びつきである。 NPO(非営利組織≒市民事業体)とは、「こういうサービス、製品を切実に必要としている人たちがいるのに、営利企業や公共部門からはなかなかそれが提供されない」といったサービス、製品を提供する事業を市民が自発的に起こしていく事業体である。こうした市民事業体がどんどん生まれてくる環境をつくっていくことが、既得権に縛られなかなか大きな変革ができなくなっている既存の制度的な枠組みを変えていく、有効な方法となる。そのため、閉塞状況を変えていく糸口のひとつとして、NPOが注目されるようになっている。 そして、NPOは、孤立して活動するのではなく、NPOどうしがうまく連携して活動する時に大きな力をもつようになる。つまり、営利企業どうしでは競争的な関係が基本になるが、NPOどうしの場合には、共働的(コラボレィティブ)な関係が基本になる。しかも、さまざまなNPOができるだけ情報を共有し、「情報共有にもとづく共働的な関係」をつくれると、NPOの活動は飛躍的に大きな力を発揮しうる。したがって、多くのNPOが自分たちの活動の狙いや特徴、訴えを発信するサイトをもち、インターネットを通じて情報共有し、メールのやりとりで共働的な関係をつくれるようになると、NPOの可能性を格段に広げることができる。 こうした点を踏まえると、閉塞状況を変えるために、「NPO」と「インターネット」というキーワードで示される動きや考え方の結びつきが重要なことは明かだろう。そして、「NPO」と「インターネット」というキーワードの結びつきを重視する議論は、たとえば「ボランタリー経済の誕生-----自発する経済とコミュニティ」(金子郁容、松岡正剛、下河辺淳著、実業之日本社)ですでに知られるようになっている。 さらに、相互的な、生きたコミュニケーションが生まれるのを妨げている要因として、知識の学び方の問題がある。日本の教育システムの下では、知識や概念をよりよく考えるための道具として使いこなせるようになるのではなく、知識や概念が自由な思考を妨げる檻になってしまうような学び方をする人が多くなってしまっている。その結果、異なる専門分野の間での生きたコミュニケーションが成り立たないことが多くなっている。 こうした傾向を壊していくには、「フィールドワーク(野の学び)」にもとづくコミュニケーションが有効である。知識の学び方を大きく、各専門分野の知識を講義や教科書などを通じて学ぶ縦割りの学び方とさまざまな実地のフィールドでの経験に即して学んでいく、横割り的なフィールドワークすなわち<野の学び>にわけることができる。これからの時代には、どちらかと言うと後者の重要性を強調する必要がある。 どこかのフィールドに出かけてその場所で出会う出来事に対して心を開けば、その地域の気候や生態系、そこの人たちの食べ物や衣服や住まい、音楽や踊り、信仰や儀礼といったさまざまな事柄が複雑に織りあわせられていることがだんだんにわかってくる。そこにいる沢山の生き物と生き物の入り組んだ相互関連、人間と生き物たちの多面的な関連、人間のさまざまな活動領域のつながり-------こうした多彩な要素連関が多層的に重なりあって、それぞれのフィールドは、とても全体を捉えつくすことができない複雑な秩序をなしている。フィールドワークの基本姿勢は、こうした複雑な秩序に即して感じ、考えることである。既存の学術分野の体系は、こうしたフィールドの秩序の複雑さに較べると、単純で人工的な構造にすぎない。そのため、フィールドに即して、感じ、考えていく姿勢を身につけると、専門分野の垣根をこえた自由な思考が可能になってくる。 後で述べるように、多彩な分野にわたる活動を踏まえて、独創的な思考と表現を生み出した宮沢賢治と南方熊楠は、二人とも、山野をわたり歩くことを好み、フィールドワークで身につけた感覚と思考を基盤にしながら、多彩な書物を渉猟する人だった。この事実も、フィールドワークと分野横断的な思考の密接な関係を示唆している。 この本では、このような意味で閉塞状況を壊していく力をもつ「フィールドワーク」にもとづく感覚と思考と「インターネット」との結びつきを重視する。ひとつには、ここで述べたように、フィールドワークにもとづく思考は、異なる分野を横切って、隔てられていた要素どうしのつながりを見つけだしていく力をもち、この特性は、離れたページどうしをつなげていくインターネットのリンクの機能と近しい関係にあるため、フィールドワーク的な思考はインターネットと結びつくことで、大きな可能性が生まれてくると思われる。 それだけでなく、インターネットを生み出した基本的な考え方のひとつであるハイパーテキストという思考の編集と表現の方法とフィールドワークにもとづく思考の間には密接な関係がある。この点については、次節でやや詳しくたどってみることにする。 |
共創社会と創造的・ 触発的コミュニケー ションの研究 |