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タネリはたしかに
いちにち噛んでゐたやうだった

タネリのでまかせの独り言
 小さなタネリが青空の網のように流れる雲を見て叫ぶ。 「ほう、太陽(てんたう)の、きものをそらで編んでるぞ/いや、太陽(てんたう)の、きものを編んでゐるだけでない。/そんなら西のゴスケ風だか?/いゝや、西風ゴスケでない/そんならホースケ、蜂(すがる)だか?/うんにゃ、ホースケ、蜂(すがる)でない/そんなら、トースケ、ひばりだか?/うんにゃ、トースケ、ひばりでない。」 と話していたタネリ自身が何を言っているのかわからなくなってしまう。 そして、タネリは藤蔓(ふじづる)をひとつまみ口に入れてにちゃにちゃ噛む。






早春のもやもやした気分







柏の木、鴇、犬神とのやりとり
 「タネリはたしか…」では、丘に遊びに行ったタネリが、冬の眠りから覚めかけの柏の木や蛙や鴇(とき)に、こんなふうに舌たらずなもごもごした言葉ででまかせに語りかけるので、何だかよくわからない部分が多い。 しかし、このわからなさがかえって、早春の野原や丘や森から感じられるもやもやとして不定形な気分をすくいあげているのとも言える。
 タネリの心の中にも、ようやく春になった野原に遊びに行く心躍るような気持ちや、柏の木や鴇に「遊んでおくれ」と頼んでも相手にしてくれないさびしさや、森で犬神のようなものに出会った恐怖や、そういうさまざまな気持ちが入り混じっているが、もごもごした言葉のユーモラスな調子が全体を包みこんでいる。

タネリが噛んでいた藤蔓





藤蔓をめぐるお母さんとタネリの会話
 この話の中で、タネリがいつもにちゃにちゃと噛んでいる藤蔓は「冬中かかって凍らして、こまかく裂いた」もので、噛んで柔らかくしたものを編んで着物にするらしい。タネリはお母さんに頼まれて噛んでいるのだが、遊びに出たタネリは仕事にはうわの空で、噛んだ藤蔓を野原や森に吐き出してきてしまう。
 それでお母さんに「藤蔓みんな噛(か)じって来たか。」と聞かれると「うんにゃ、どこかへ無くしてしまったよ。」とタネリはぼんやり答える。お母さんが怒ると「うん、けれどもおいら、一日噛んでゐたやうだったよ。」とタネリが言う。するとお母さんも「そうか。そんだらいい。」とタネリの顔つきを見て安心する。
ちくま文庫「宮沢賢治全集 6〜『タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった』」より

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