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カムパネルラと別れたジョバンニにとっての「銀河鉄道の夜」 |
ジョバンニが銀河鉄道の旅から戻り、カムパネルラが溺れて死んだことを知る。そして、銀河鉄道で「どこまでもいっしょに行こう」と思ったカムパネルラは、天上への旅の途上にあったことを知って、カムパネルラとの別れは避け難かったことをジョバンニは悟っただろう。その上で、ジョバンニが銀河鉄道の夜の経験を思いかえしたとすると、銀河鉄道のさまざまな乗客との深い出会いは、カムパネルラと別れて生きていくジョバンニを励ます大きな力をもつことを感じたに違いない。 | |
ジョバンニと鳥を捕る人とのコミュニケーション |
「銀河鉄道の夜」におけるジョバンニおよびカムパネルラと銀河鉄道の乗客たちとの関係を振り返ってみよう。 列車に乗ってくる鳥を捕る人や灯台看守などの銀河のある地方に棲む庶民というべき人たちだ。ジョバンニとカムパネルラが停車中に列車を降りて遊びに行く、プリオシン海岸では、発掘をする大学士に会う。この人も銀河に住む人のようだ。 鳥を捕る人とジョバンニたちとの関係は、遠くから列車に乗ってきた旅人たちと地方の駅で列車に乗ってきた地元の人との出会いである。鳥を捕る人は、包みから光る鳥をとりだし、ジョバンニたちはちぎった雁をもらって食べてみる。ジョバンニはチョコレートなどのお菓子のようだと思う。そして、鳥を捕る人の話から、鳥が「天の川の砂が凝(こご)って、ぼおっとできる」ものだったり、河原で鳥を待っていてぴたっと押さえると鳥は「かたまって安心して死んぢまひます」というように、地上と違う物質の法則の下にあることがわかってくる。ジョバンニは、鳥捕りたちの話に好奇心をもちながら、最初は半信半疑で聞いている。 鳥捕りも、遠くから銀河鉄道に乗ってきたジョバンニたちを好奇の目で見る。切符を調べに車掌がやってきて、何だかわからずにジョバンニがポケットの中に見つけた、どこにでも行ける切符を見て、鳥捕りは「大したもんだといふやうに」ジョバンニを見る。 銀河の一地方で暮らし続ける朴訥な鳥捕りの様子に、ジョバンニは気の毒でたまらなくなり、「もうこの人のほんたうの幸(さいはひ)になるなら自分があの光る天の川の河原に立って百年つゞけて立って鳥を捕ってやってもいゝ」といった極端な気持ちになる。そして「ほんたうにあなたのほしいものは一体何ですか」と鳥捕りに尋ねようとしたが、もう姿が見えなくなっていた。ジョバンニはカムパネルラと話していたくて、鳥捕りを邪魔のように感じていたことを辛く感じる。 このように、銀河鉄道では、遠くから乗ってきて遠くに去っていく旅人たちと地元の庶民との間に、奥深い出会いがおきている。 |
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溺れ死んだ子供たちに対する燈台守の応対 | ジョバンニとカムパネルラは苹果(りんご)のにおいがするのを感じてからしばらくすると、気がつくと目の前に、疲れた様子の男の子と女の子を連れた青年がいる。北の海で溺れて天上に行くために銀河鉄道に乗ってきたのだ。この子供たちが会った事故の様子は、青年と乗客の燈台看守の会話で明かになってくる。氷山にぶつかって船が沈みかけ、ボートにも多くの人は乗り切れなかった。家庭教師の青年は子供たちを乗せてくれるように頼んだが、ほかにも小さな子供たちもいて、それを押しのけて助けることをためらい、青年は子供たちを連れて神の前に行くことを選んだのだった。それを聞いていた燈台守は、「なにがしあはせかわからないです。ほんたうにどんなつらいことでもそれがたゞしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんたう
の幸福に近づく一あしづつですから。」となぐさめる。銀河の住民の燈台守が、苦難に遭った人に対して、とても心のこもった応対をしている。 さらに、燈台守は「黄金(きん)と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果」を青年やジョバンニたちに勧める。銀河の一地方の地元民である燈台守が、いわば地元の産品の苹果で、遠来の客たちをもてなしているのだ。そして、燈台守の説明で、このあたりの農業の地上とはまったく違った様子がわかってくる。この場面も、鳥捕りとジョバンニたちの会話と同様、銀河鉄道の列車の中での銀河の地元民と遠来の客との出会いという形になっている。 |
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溺れた子供たちに対するジョバンニの気持ちの変化 | 苹果をもらって、溺れた子供たちの気持ちもなごんだようで、女の子はカムパネルラと話をはじめる。その様子を見て、ジョバンニは嫉妬するかのようにかなしくなる。 しかし、列車から見えてくる劇的な光景をみんなで楽しんでいるうちに、ジョバンニは溺れた子供たちとすっかりうちとけた関係になる。 子供たちが天上に向かうために列車を降りようとする場面では、ジョバンニは「天上へなんか行かなくたっていゝぢゃないか。」と、女の子や家庭教師の青年と言い争う。ジョバンニは、カムパネルラだけでなくこの子供たちともどこまでも一緒に行きたいと思うようになっている。このように、地上からやってきて乗り合わせた銀河鉄道の乗客どうしの間にも、親密な結びつきが生み出されている訳だ。 愛するカムパネルラが溺れたことを知らずに、カムパネルラを天上に運ぶ銀河鉄道の旅をともにすることを通じて、ジョバンニは、特別な状況のもとでしか起きない人と人との深いコミュニケーションを経験することになったのだ。 |
ちくま文庫「宮沢賢治全集7〜『銀河鉄道の夜』」より
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