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不安定な空間感覚から生まれたファンタジー |
賢治が感じた不安定で、奇妙な空間やそこに現れる幻想(幻覚)は、ファンタジーやシュールリアリズム的な発想の源泉でもあったと思われる。「真空溶媒」では、賢治の奇妙な空間感覚と幻想が、ナンセンスなファンタジー風の詩をつくりだしている。 | |
ナンセンスな登場人物たち |
融銅はまだ眩(くら)めかず 白いハロウも燃えたたず 地平線ばかり明るくなったり陰(かげ)つたり はんぶん溶けたり澱んだり しきりにさつきからゆれてゐる
この冒頭の夜明けの光景から、地平線のゆらめきという不安定な感じが現れている。「おれ」は銀杏並木をくぐって、空の雲がさまざまに表情を変える「いまやそこらはalcohol 瓶のなかのけしき」の中を歩いていく。そして、「地平線はしきりにゆすれ/むかふを鼻のあかい灰いろの紳士が/うまぐらゐあるまつ白な犬をつれて/あるいてゐることはじつに明らかだ」という形で紳士と犬が現れる。 |
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事物の唐突な巨大化、人物の唐突な縮小 | 金色のりんごの話をしているうちに、金色のりんごの樹が「もくりもくりと」のびて巨大になり、「おれなどは石炭紀の鱗木(りんぼく)のしたの/ただいつぴきの蟻でしかない」ということになる。「苦遍桃(くへんたう)の匂」がして、すさんだとげとげしい気象になり、「おれ」は気分が悪くなる。すると「(どうなさいました 牧師さん)」と言いながら保安掛りと称する人物が現れる。保安掛りの話だと途中で行き倒れがあったといい、さっきのあかい鼻の紳士のようだ。「おれ」が「(ではあのひとはもう死にましたか)」と訪ねると、保安掛りは「まあちよつと黄いろな時間だけの仮死(かし)ですな」と奇妙なことをいう。すると「くされた駝鳥(だてう)の卵」のような匂いのガスが漂いはじめ「おれ」はさらに気分が悪くなる。保安掛りは「しつかりなさい」と言いながら、気を失ったのを見ると、かくしから時計を盗もうとする。 その時、雨が降りだして悪いガスを溶かし、「おれ」は回復して、保安掛りをどなりつける。すると保安掛りは、しょげて、縮まって、ひからびて「たゞ一かけの泥炭(でいたん)」になっていまう。「おれ」は「ウーイ いゝ空気だ」とすっかり、いい気分になる。 |
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あまりに澄んだ空に生じた真っ暗な部分 |
そらの澄(ちよう)明 すべてのごみはみな洗はれてというように、あまりに澄んだ空のうちに真っ暗な部分ができる。そして、その「零下二千度の真空溶媒(しんくうようばい)」がいろいろなものに作用して消えはじめる。ステッキがなくなり、上着やチョッキが消える。やがて「恐るべくかなしむべき真空溶媒」は「おれ」に働きはじめ、「おれといふ/この明らかな牧師の意識から/ぐんぐんものが消えて行く」。 それに続くのは、真空溶媒に吸い込まれた向こう側らしく、保安掛りが「仮死状態」だと言っていた赤い鼻の紳士と一緒になり、「(いやあ 奇遇ですな)」などと挨拶を交わす。紳士は大きな白い犬をつかまえている。 |
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真空溶媒と「銀河鉄道の夜」の石炭袋 | この明るすぎる空にできた真っ暗な真空溶媒は、銀河鉄道の夜の終わりの方で出てくる「石炭袋」を想起させる。海でおぼれた男の子と女の子と家庭教師の青年が天上に向かうためにサザンクロスで銀河鉄道を降りて行き、ジョバンニとカムパネルラだけが車中に残される。その車中から天の川の一箇所に「まっくらな孔がどほんとあいてゐ」て、「その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずたゞ眼がしんしんと痛む」という「石炭袋」が出てくる。そのすこし後で、「カムパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」とジョバンニが言うとカムパネルラはどこかに消えてしまっている。第一稿、第二稿では、その後で列車の中が急に明るくなって、「真空溶媒」の場合と同様に、「マジェランの星雲」が見える。こうした、「真空溶媒」や「石炭袋」、賢治にとって異質な空間を結ぶ通路をなし、そこを通じての移行の際に「マジェラン星雲」が現れるようだ。 |
ちくま文庫「宮沢賢治全集1〜『真空溶媒』」より
→4次元と心象の時空-----「春と修羅」から「銀河鉄道の夜」へ |
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