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顔を洗わない狸と山猫大明神

洞熊先生の教えに従った三人の
みじめな結末








とぼけたユーモアと不気味さの混合

 赤い手の長い蜘蛛(くも)と銀色のなめくじと顔を洗ったことのない狸というなんとも妙な組み合わせの3人が洞熊(ほらくま)学校を卒業する。洞熊先生の教えは「大きいものがいちばん立派だ」ということで、3人は師の教えにしたがって大きくなろうと競いあい、それぞれみじめな結果に終わる。
 蜘蛛もなめくじも狸も、他の生き物を食べて大きくなろうとするのだが、他の生き物をだまくらかす時のやりとりは、とぼけたユーモラスな調子と不気味さが混じりあっていて、不思議な気分がただよう。

とかげを溶かしてしまうなめくじ  とかげがへびに噛まれたといって、なめくじのところに薬をもらいにくると、なめくじが言うセリフはこんな具合だ。「私(わたし)が一寸(ちょっと)そこを嘗(な)めてあげませう。わたしが嘗めれば蛇(へび)の毒はすぐ消えます。なにせ蛇さへ溶けるくらゐですからな。ハッハハ。」
 とかげが足が溶けたようだと驚くが、「ハッハハ。なあに。それほどぢゃありません。ハッハハ。」となめくじは嘗めつづける。
 そのうち、とかげはやっと安心する。丁度心臓がとけたからだ。

兎をかじる狸



山猫大明神
 顔を洗わない狸が他の動物をだますやり口は、山猫大明神をまつる怪しげな宗教だ。
 ひもじい兎がやってきて「もう死ぬだけでございます。」と言うと狸は「みんな往生ぢゃ。山猫大明神さまのおぼしめしどほりぢゃ。」と「なまねこ。なまねこ。」と念猫(ねんねこ)をとなえ、兎を引きよせ耳をかじりはじめる。兎がおこると狸は「世の中のことはな、みんな山猫さまのおぼしめしのとほりぢゃ。おまへの耳があんまり大きいのでそれをわしに噛(かじ)って直せといふのは何といふありがたいことじゃ。」といい加減なことを言うと兎もその気になってボロボロ涙をこぼす。「なまねこ、なまねこ。あゝありがたい、山猫さま。」
破裂した狸  こんな調子で、狸はなんと狼まで食べてしまうが、翌日からからだの具合が悪くなる。「たうたう狼をたべてから二十五日めに狸はからだがゴム風船のやうにふくらんでそれからボローンと鳴って裂けてしまった。」
ちくま文庫「宮沢賢治全集 7〜『蜘蛛となめくじと狸』」より
賢治のユーモア
作品における倫理的探究
キツネ、ネズミ、馬…
賢治の作品世界
宮沢賢治の宇宙