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雷雨と百合

視覚的印象が前面に出た作品
 賢治の作品には、聴覚的な印象と視覚的な印象が組み合わせられているものが多いが、「ガドルフの百合」は視覚的な印象が前面に出ている作品だといえる。その上、描きだされる鮮明な光景が、主人公のガドルフの心の深いところを照らしだす。そういう語り方がされている。

激しい雷雨の夜道







無人の大きな黒い家
 ガドルフは一日中、1人で歩き続けているのに夕方になっても次の町の気配も見えてこず、不機嫌だった。そのうち雲が重くなり、雷が鳴りだす。ガドルフは疲れて、感覚も覚束ない。「(あそこを人がやって来る。いややって来ない。あすこを犬がよこぎった。いやよこぎらない。畜生。)」
 やがてはげしい雷雨になる。雨の夜道を歩いているうちに、稲光で大きな黒い家が建っているのを見つける。ガドルフは玄関で案内を求めるが誰もいないようなので、中に入ってみる。ずぶぬれのガドルフはすっかり冷えこんで頭がガンガンするので、長靴を脱ぎ重たい外套をとり濡れた顔や頭をぬぐい、一息つく。
稲光に照らしだされた百合  部屋の様子を探ってみると、床に置かれた石膏像や黒い寝台やひっくり返ったテーブルを雷光が照らしだす。2階に誰かいるかもしれないので、階段を昇ろうとする。すると、ガラス窓の外が稲光で照らされ、白いものが5つ、6つこちらをのぞいているように見える。窓を開いて声をかけてみるが返事がない。
 白いものは、百合の花だったのだ。「いっぱいに咲いた白百合が、十本ばかり息もつけない嵐の中に、その稲妻の八分一秒を、まるでかゞやいてじっと立ってゐたのです。」
ガドルフの恋  ガドルフはその美しくけなげな姿に強くひきつけられる。「間もなく次の雷光は、明るくサッサッと閃(ひら)めいて、庭は幻燈のやうに青く浮かび、雨の粒は美しい楕円(だゑん)形の粒になって宙に停(と)まり、」とまるで高速度撮影のような描写がされている。
 「そしてガドルフのいとしい花は、まっ白にかっと瞋(いか)って立ちました。」というように、ガドルフの心と百合の花が重ねられた語りになる。さらに、「(おれの恋は、いまあの百合(ゆり)の花なのだ。いまあの百合の花なのだ。砕けるなよ。)」というようにガドルフの気持ちは高揚していく。
ちくま文庫「宮沢賢治全集 6〜『ガドルフの百合』」より
風、雨、雪…
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