大都市からイートーヴォに移り住んだ「楽農民」
花巻の東隣りの東和町には、すばらしい自然環境を求めて他県から移り住んでくる人たちが、最近増えていると言う。中には、東和町にきて農業を始める新規参入農民も出てきている。そんな人たちの一例で、首都圏から移り住んで東和町で農業を始めている田所さん夫妻と、その仲間で花巻に移り住み農業をやっている小林剛さんに話をしてもらった。場所は、田所さん夫妻がはじめたライダーズハウス and 生活実験室「グリーンゲリラ忠治屋」。というとものものしいが、田所さんたちが借りている、趣のある古い民家だ。
古い家屋の入口にグリーン・ゲリラ忠治屋のメッセージがあった
編集部:岩手県に移り住む経緯はどうな具合だったんですか?
田所浩光さん:ここに埼玉県から移ってきたんですけれど、仕事は宅急便の集配をやっていたんです。宅急便をやっていると、いろんな地域があることがよくわかる。近所の人がナマモノでも気軽に預かってくれる所もあれば、マンションなどでは隣どうしでもどんなものでも絶対に預からない所が多い。こういういろんな生活を見ているうちに、この人たちは何のために働いているんだろう。お金って何だろう、自分たちって何だろうと考えるようになりました。
東和町には、隣近所がお互いに何でも知っているような生活を求めて来た面があります。都会から来る人は何もない所だと言うけれど、ここは、空気も水もうまいし、都会にいる時には知らなかったすごい星空がある。こちらにきて野菜づくりをはじめて、自分たちで野菜を育てるのが楽しくて仕方がないです。
小林剛さん:子供の頃から、宮沢賢治を好きでのめりこんでいたんです。まず、小学生のとき「注文の多い料理店」<を読んで、こんなことがあっていいのかというすごい恐怖を感じた。それとは別に旅行や探検が好きだったので、「銀河鉄道の夜」を読んで印象的だった。調べたら驚いたことに、「注文の多い料理店」を書いた人と同じだった。それに「銀河鉄道の夜」は出版社によって話しが違っていた。ブルカニロ博士が出てくる話と出てこない話があったりして、これは何だろうと調べたりしているうちに、すっかりのめりこんだ。
その後、サラリーマン生活をはじめて、仕事がいやになった時に花巻に旅行をし、イギリス海岸に来たら賢治を読みながら想像していた様子がそのままあり、牛の骨だとかくるみの化石だとかがここでとれたような気がし、また、ほんとにこの北上川とここから見える天の川を舞台に、銀河鉄道が走ったんだと思った。河原で4時間くらいボーッとしていました。
それで、お弁当屋なんかやっている場合ではないと思い、会社をやめて花巻に移ることを決めてしまったんです。 |
玄関を入ると正面に、賢治にちなむ帽子、 キャンバス、詩集などが飾られていた |
編集部:正美さんが東和町に移ろうと決める時に、ここが賢治の作品の舞台であることは関係があったんですか。
田所正美さん:というより、こちらに来たら賢治がいたという感じ。子供の頃から、レイ・ブラッドベリが好きで、賢治も似た感じがした。小学校4年生くらいに「銀河鉄道の夜」を読んだ時には、言葉が難しくよくわからなかったけれど、きれいな雰囲気が印象に残った。賢治の作品は心象スケッチなんだから心に残る雰囲気が大事で、解釈を押しつけるのはよくないと思っています。
農業を始めたいと思いいろいろ考えたけれど、賢治の農業についての考え方は好きです。こちらに来て、エコ・ツーリズムとかグリーン・ツーリズムの関係のいろんな人たちと会いましたけれど、そういう言葉で今、考えようとしている問題を賢治はわかっていた人なんだなと思います。
小林剛さん:賢治が好きで移ってきたので、始めのうちは賢治を神聖視していたけれど、土地になじむにしたがって、今はもっと身近になって、賢治はわからないとき教えてもらう先生のような存在で、いっしょに生きていこうという感じになっている。
編集部:今年は賢治の生誕100年祭で沢山の観光客が花巻にやってきた訳だけれど、こういうことについてどう感じていますか。
田所浩光さん:大多数の人たちが観光マップの通り、童話村や賢治記念館、小岩井農場などだけを回る観光旅行をしているが、こういう決められたコースの通り、決められたものしか見ないというのには、心の貧しさを感ますね。
たとえば都会から来た小学生がつかまえたカブト虫がクルマの中で死んでしまったのを見て、開口一番「かわいそう」じゃなくて「あ、もったいない」と言った。そんな感覚になっちゃうのがこわい。
そういう感覚をひっくり返すような体験が必要ではないでしょうか。都会の人たちが何もないと言う東和町で1ケ月くらい生活をしてみて何を感じるようになるかというような--。
編集部:皆さん、これからどんな暮らし、どんな農業をしていきたいと思っているんでしょうか?
田所正美さん:地元の農家の人たちは農業はつらく大変だということを強調するけれど、そうばかりではなくて農業は楽しいし、楽しくすることができじゃないかと感じている。だから楽しい暮らし、楽しい農業というのがめざす所です。ますむらひろしの「アタゴオル」のイメージが理想で、童話やおどき話の中に住んでいるような感覚ととけあった暮らし方をみつけ、そういう仲間を広げていきたい。
都会で生活をしていた人で農業を始めたいと思いながら、どうすればいいかよくわかないでいる人たちの手助けができればと考えています。
田所浩光さん:楽しい農業なんて言うと、地元の農家の人にお前たちは現実を知らないからそんなことを言っていられると怒られるので、自分たちなりの実績をつくらないことには説得力がない。向こうから覗いて、なんだかあいつらは、ほんとうに楽しそうにやっているじゃないかと思えば、だんだん耳を傾けてくれるようになる。
小林剛さん:花巻農業高校精神歌にある「マコトノ草ノタネマケリ」のようなつもり農業をやっていきたい。農業を単なる仕事ではなく、土と太陽と水から贈られた暮らしの一部にしていけたらいいと思います。
暮らしや農業のイメージとして「ポランの広場」が好きです。何かを求めている登場人物たちの雰囲気が、今の僕たちと共通点が多く、共感できます。
僕は、楽しい祭ができる「ポランの広場」が本当にあるんじゃないかと思う。将来、家を買ったら庭に芝生を敷き詰めてクローバーを植えて、酒を呑んで楽器ひいて楽しい祭をしたい。金持ちの皮肉のポラン広場じゃなく、良い仲間や知らない人でも心の通じる人が集まって歌い、踊りたい。そして将来、ワインとか農産加工業もやりたいですね。
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