科学と詩の出会い

●賢治は小さい頃に周囲の人たちから「石っこ賢さん」と呼ばれていた鉱石好きの少年だった。盛岡の大学時代とそれに続く研究生の時期に、地質学を学び、地質学者の卵としての仕事もしている。

地質学では、さまざまな地層を掘ったり観察することを通じてある地域の地形や地層の形成のメカニズムと歴史を洞察していく。その前提となるフィールドワークの際には、野山や川を歩きながら、観察した事項をその都度ノートに書きとめていく。こうした地質学の方法が賢治の仕事全体の土台となったと考えることができるのではないか。

「注文の多い料理店」と同じ時期に刊行した詩集「春と修羅」について、賢治は詩集ではなく「心象スケッチ」だと言っている。心象スケッチとは野山を歩きながら、風景や生き物、気象について感じたことやそれにともなう感情や思考、想念の流れを細かく書きとめていく方法であり、地質学のフィールドワークの方法が変形されたもののようにも思える。
 賢治にとってはこの心象スケッチが、いわば心の地層を探究する方法となっていたらしい。つまり、心象スケッチとは単にイメージを書きとめることではなく、深い方法論的な意識をこめた言葉であることが、「春と修羅・序」を読むとわかる。 →『宮沢賢治と心象スケッチ』の概念マップ

●「春と修羅・序」では、宇宙や地球や生命が生成した時間の積み重なりと、「わたくしという現象」との関係が問いかけられている。賢治は宇宙や地質の歴史を感じるのも心の現象に過ぎないと言う。
 そして「人や銀河や修羅や海胆は 宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら それぞれの新鮮な本体論もかんがへませうが それらも畢竟こヽろのひとつの風物です」といたずらっぽい調子で存在論的な問題についての洞察を語る。
 ここには、宇宙や地球や生命の歴史について感じたり、考えたりしている「わたくしという現象」がじつはそうした生成の歴史の中から生じてきたという、眩暈のするような不思議が含まれている。心象スケッチとは、こうした時間の積み重なりのうちにある心の現象の探究なのだ。


賢治作品のユーモア
賢治作品のリズム
星や風、生き物からの
贈り物としての詩、物語
科学と詩の出会い
科学と詩の出会い・2
心のたしかな出来事
としてのファンタジー
異質の者に対して
開かれた心
子供から大人への
過渡期の文学
作品の多義性、重層性
作品における
倫理的な探究
エコロジスト的な探究
教師としての賢治
社会改革者としての賢治

宮沢賢治とは誰か  宮沢賢治の宇宙