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(239) 宮沢賢治は詩集「春と修羅」を、ある心理学的な仕事のために書き取ったと言っていますが、いったい賢治の頭の中には、どういう仕事の構想があったんだと思いますか?それともこれは、詩人特有の単なる虚言のようなものなのでしょうか?教えてください。(夏と銅鑼)
A
Date: Thu, 29 Jan 2004 セールスマンさん
Date: Thu, 29 Jan 2004 セールスマンさん
Date: Thu, 29 Jan 2004 フラドのガコブタさん
Date: Thu, 29 Jan 2004 夏と銅鑼さん
Date: Wed, 28 Jan 2004 フラドのガコブタさん
Date: Thu, 29 Jan 2004 セールスマン
こんにちは。またごちゃごちゃ書いてすみません。
"心理学的な仕事のために書き取った"のはこの心象スケッチを世にだした動機を言っていますよね。このことは森佐一への手紙に東京の詩壇への挑戦を思わせる内容の手紙があったのを覚えています。詩という形式からはずれた新しい表現として賢治の試みが、これまで使われてきた詩の言葉、用語を用いずに鉱物、気象、その他もろもろの言葉で、当時の評論に驚かれたことがありました。辻潤、佐藤ダレダレ(萩原朔太郎の嫁婿さん)とかです。つまりダダの自動書記(もちろん内容はぜ〜んぜんちがいますが)のように心象をスケッチしたのです(すみません、そのままでした)。これは賢治のねらいが当たったのではないでしょうか。そのことで草野心平や当時少年の森佐一も接触して来ました。期待が膨らみ、春と修羅を岩波書店の創始者に送りましたが当時はシカトされました。でも今では岩波書店から出版されてるのを私は書店で見ました。
Date: Thu, 29 Jan 2004 セールスマン
こんにちは。
森佐一氏の回想ですが、こんな話があります。
確か賢治が高校教師で、森氏がまだ少年だったころだったと思います。2人は山を散布していたとき、佐一少年が蛙の巣穴に指をいれたのを賢治が見たとき、それは心理学的に云々…と言ったそうです(性的な意味です)。当時賢治は原書でそのような学説を読んでいたのは確からしいとのこと。仏教の九識論という世界観と深層心理って似ているのでこの考えに共感していたのは想像できます。手段として"心理学的な仕事のために"という言葉を使ったのではないでしょうか。ですのでその後この用語はもう使ってないんじゃないでしょうか?
Date: Thu, 29 Jan 2004 フラドのガコブタ
「「春と修羅」は、とても性的な詩集」
わたしもまったく同感です。
童話「〔若い木霊〕」なども、あわせて読んでみますと、賢治における「春」や「修羅」の感覚が、とてもなまなましく、迫ってきます。
Date: Thu, 29 Jan 2004 夏と銅鑼
答えてくださって、ありがとうございます。本当に簡潔で、要を得た解説がありますね。ただ、これは古い学者的な解説で、かえってすっきりし過ぎています。こういう学問的な権威に、このホームページが頼りたく理由もわからなくはないのですが、これでは宮沢賢治から、なにか新しいものを引き出すことはできないのではないでしょうか。
「春と修羅」は、とても性的な詩集だと思います。賢治がこの「性」というものと、どういうふうに渡り合おうとしたかに、「ある心理学的な仕事」の鍵が隠されていると思ったのですが、それ以上はわからないんですよね。結局、自分で調べるしかないのでしょう。
Date: Wed, 28 Jan 2004 フラドのガコブタ
とりあえず、この「宮沢賢治の宇宙」の「賢治の作品世界」というパートの「時空」というところをご覧になると、簡にして要を得た解説があります。
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