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鹿踊りのはじまり

風が語った物語
 夕日の野原で疲れて「わたくし」が眠ると、「ざあざあ吹いてゐた風が、だんだん人のことば にきこえ、それはだんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上(きたかみ)の山の方や、野原に行はれてゐた鹿踊(ししおど)りの、ほん たうの精神を語りました。」というように、この話も「サガレンの八月」などと同様に風の語った話に耳を傾けるというはじまり方をする。
鹿踊り  鹿踊りは、大きな角のついた鹿の頭をいただく人たちが踊る伝統的な芸能で、6頭あるいは8頭の鹿が踊るという。踊りが好きだった賢治は、この踊りから鹿の気持ちになりきるような精神のありようを感じとったのだと思われる。 
湯治にでかけた嘉十  小さな畑を開いて粟(あわ)や稗(ひえ)をつくっている嘉十 は木から落ちて膝を悪くし、小屋がけして湯治をするために西の山の湯のわく所にでかける。太陽が西に傾くころ、芝草に荷物をおろして休み、栃(とち)と粟のだんごを出して食べる。
食べ残しの団子を鹿に置いていく  食べ残した栃の団子を「こいづば鹿(しか)さ呉(け)でやべか。それ、鹿、来て喰(け)」と言って、白い花の下において歩きはじめる。しばらくして嘉十は手拭いを置き忘れたのに気づいて、もどってみるともう鹿の気配がするのだった。
鹿との交歓  すすきの隙間から息をこらして見ていると、6 匹くらいの鹿が、環になって回っていて、その真ん中に嘉十が忘れた手拭いがある。鹿たちは、見なれない手拭いに何者だろうとこわごわ近寄ったり、逃げたりしている。「嘉十はにはかに耳がきいんと鳴りました。そしてがたがたふるへました。鹿どもの風にゆれる草穂(くさぼ)のやうな気もちが、波になつて伝はつて来たのでした。」という高揚した気持ちになり、嘉十には鹿の語り合いが聞こえはじめる(⇒「狐の小学校」の聴覚体験を参照)。
夕日を見て鹿が歌う  やがて、太陽がはんの木の梢の中ほどにかかると、鹿たちは一列に太陽に向いて、細い声で順にうたいだす。2番目の鹿の歌は

 「お日さんを せながさしよへば、
   はんの木(き)も くだげで光る
    鉄のかんがみ。」

ちくま文庫「宮沢賢治全集 8〜『鹿踊りのはじまり』」より
星や風、生き物からの贈り物としての詩、物語
心のたしかな出来事としてのファンタジー
異質な者に対して開かれた心
エコロジスト的な探究
登場人物
風、雨、雪…
キツネ、ネズミ、馬…
植 物
踊り、祭、神々
賢治の作品世界
宮沢賢治の宇宙