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山猫からの葉書

生き生きとした書き出し
 「どんぐりと山猫」は、賢治が出版した童話集「注文の多い料理店」の冒頭におかれている。それだけに、自信をもてる書き出しの作品だったのだと思われる。
一郎に届いた山猫からのおかしな手紙  「をかしなはがきが、ある土曜日の夕方、一郎のうちにきました。

    かねた一郎さま 九月十九日

    あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
    あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                山ねこ 拝

 こんなのです。字はまるでへたで、墨もがさがさして指につくくらいでした。けれども一郎はうれしくてたまりませんでした。はがきをそつと学校のかばんにしまつて、うちぢゆうとんだりはねたりしました。
ね床にもぐってからも、山猫のにやあとした顔や、そのめんだうだという裁判のけしきなどを考えて、おそくまでねむりませんでした。」
 この冒頭の部分を読んだだけで、読者も一郎と一緒にわくわくする気持ちになってしまう。
どんぐりの言い争い  めんどうな裁判というのは、なんと「頭のとがつたどんぐり」と「まるいどんぐり」と「大きいどんぐり」の中で誰が偉いかという、どんぐりどうしのたわいのない言いあらそいだ。
しかし、どんぐりの争いをとりなす判事が山猫で、その相談に子供の一郎が呼ばれるという設定が何とも楽しい。
誇り高い森の住人としての山猫  山猫が出てくるのは、「そこはうつくしい黄金(きん)の草地で、草は風にざわざわ鳴り、まはりは立派なオリーブいろのかやの木のもりでかこまれ」たところだ。
 「風がどうと吹いて、草がいちめんに波だち」「山猫(やまねこ)が、黄いろな陣羽織のやうなものを着て、緑いろの眼をまん円にして立つてゐました。」という現れ方をする。
 「注文の多い料理店」でもそうだか、山猫は誇り高い森の住人として描かれているといえる。
一郎に対する山猫のもてなし  そういう山猫が、「注文の多い料理店」では、都会から来たハンターを痛い目にあわせるのに対して、「どんぐりと山猫」では、森が好きな子供の一郎を裁判に招き、大事な客としてもてなすわけである。
ちくま文庫「宮沢賢治全集 8〜『どんぐりと山猫』」より

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