剣舞・悪路王・森と銀河のまつり

剣舞が招く鬼神と「森と銀河のまつり」
 「春と修羅」第1集に収録されている「原体剣舞連」という詩は、賢治が見た剣舞の心象のスケッチである。
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah というかけ声と太鼓の音、篝火が照らし出す森とそれをとりまく闇と星空の下で舞手たちの太刀が光る------
 きわめてダイナミックな光景が描きだされる。魅惑的であるとともに、荒々しい自然の力が呼び寄せられるカオス的な世界でもある。
 剣舞には、非業の死をとげた霊を呼びよせ、鎮めるというモチーフがある。こうした鬼神が招かれる剣舞は、北上山地の自然のエネルギーが呼び覚まされ、まつられる「森と銀河のまつり」でもあると賢治は感じとっている。
異装の舞手たち
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
こんや異装(いさう)のげん月のした
鶏(とり)の黒尾を頭巾(づきん)にかざり
片刃(かたは)の太刀をひらめかす
原体(はらたい)村の舞手(をどりこ)たちよ

 舞手は鶏の黒い尾がついた頭巾をかぶり、赤い陣羽織を着る。こうした「異装」が、緊迫した雰囲気をつくりだす。dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah というかけ声を舞手の子供たちがかけ、大人が太鼓をたたく。
青仮面/鬼神/悪路王  後半の部分には、青い仮面の者が出てくる。
アンドロメダもかゞりにゆすれ
青い仮面(めん)このこけおどし
太刀を浴びてはいつぷかぷ
夜風の底の蜘蛛(くも)をどり
胃袋はいてぎつたぎた
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

 物語の「種山ケ原」で、舞手たちが2つにわかれて剣をカチカチさせている所に、「青仮面(あをめん)が出てきて、溺死(いつぷかつぷ)する時のやうな格好(かくかう)で一生懸命跳ね廻ります」という所が、詩のこの部分にあたる。詩の「青い仮面」の後の箇所には「四方(しほう)の夜の鬼神(きじん)をまねき」という表現が使われているので、青い仮面はまねき寄せられた「夜の鬼神」のひとつなのだと思われる。
また、青い仮面の部分の前には、悪路王の話がある。

Ho! Ho! Ho!
むかし達谷(たつた)の悪路王(あくろわう)
まつくらくらの二里の洞(ほら)
わたるは夢と黒夜神(こくやじん)
首は刻まれ漬けられ

 悪路王は達谷の窟にたてこもって、坂上田村麻呂に討たれたという伝説上の人物で、蝦夷のアテルイとむすびつけて考えられることも多い。剣舞の由来には、悪路王、安部貞任、源義経など非業の死をとげた亡霊を鎮めるために始めたとするものが多い(門屋光昭「岩手の鬼」)といわれ、ここに悪路王が出てくるのも、剣舞の場に招き、鎮められる鬼神に結びつけられいるからだと考えられる。

夜の鬼神と北上山地の荒々しいエネルギー  剣舞の場には「四方の夜の鬼神」がまねき寄せられるとともに、北上山地の荒々しい自然の力が渦巻くのを賢治は感じる。「青い仮面」の出てくる箇所の後には、つぎのように激しいエネルギーの渦が描かれる。
さらにただしく刃(やいば)を合(あ)はせ
霹靂(へきれき)の青火をくだし
四方(しはう)の夜(よる)の鬼神(きじん)をまねき
樹液(じゅえき)もふるふこの夜(よ)さひとよ
赤ひたたれを地にひるがへし
雹雲(ひょううん)と風とをまつれ
dah-dah-dah-dahh
 「樹液(じゅえき)」という表現は、詩のはじめの部分でも「原体(はらたい)村の舞手(をどりこ)たちよ」の後に「鴇(とき)いろのはるの樹液(じゅえき)を/アルペン農の辛酸(しんさん)に投げ」という形で現れる。賢治は異装の少年たちの舞いに、「はるの樹液(じゅえき)」のような初々しいエネルギーを感じているのだ。そのエネルギーが「雹雲と風」といった自然のエネルギーと共振して渦巻いている。「アルペン農」とは、山地の牧畜のことのようだ。
 前半の部分は、「気圏の戦士わが朋(とも)たちよ/-----/楢と椈(ぶな)とのうれひをあつめ/蛇紋山地(じゃもんさんち)に篝(かがり)をかかげ/ひのきの髪をうちゆすり/----/あたらしい星雲を燃せ」とつづき、少年たちの初々しさと北上山地の樹木の気と篝火、さらには天空の星雲のエネルギーが呼応しあっている。
 このように、「四方の夜の鬼神」がまねかれる剣舞は、賢治にとって「銀河と森のまつり」であり、「雹雲と風」のまつりでもあるのだ。

ちくま文庫「宮沢賢治全集 1 〜『春と修羅』」より

「種山ケ原」と剣舞、山男

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