八重山

詩集『日毒』について

 著者の許諾をいただけたので、八重洋一郎さんの詩集『日毒』に収録されている詩2篇を紹介します。
 「日毒」という言葉は「日本の毒」という意味で、琉球処分(1879年)の前後に八重山の知識人たちの間でひそかに使われていました。八重さんは、高祖父が残した書簡でこの言葉が使われているのを発見し、さらに、曽祖父が残した手文庫にこの文字を血書した色紙を発見しました。
 このテーマについて、八重さんは同人誌などにいくつかの詩を発表しました。
 その後、2016年11月に開かれた「石垣島への自衛隊配備反対」の集会で、米軍兵士が郷土の地図を軍靴で踏みつける写真を見たのをきっかけに、ここで紹介している「山桜」という長い詩が生まれました。米軍と「自発的対米従属国家日本」の自衛隊の傲慢さに対して、詩人の怒りが爆発していて、「日毒ここに極まれり」という表現が使われています。

 この詩集は詩人たちの注目を集め、2018年度の現代詩人賞の候補作となっています。選考委員会でこの詩集の評価をめぐって激論があり、「<日本を毒とする>余りにも激しく直截な表現の羅列は、詩以前のもの」という意見があり、選から漏れたといいます。
 しかし、この詩集をよく読めばわかるように、詩人はさまざまなテーマ、スタイルで詩をかくべきであり、政治的メッセージ性の強い詩であっても、的確な言葉とリズムを選ぶことで、高度な芸術作品になりうると、八重さんは考えています。

 「あとがき」には、「本来なら「日毒」という言葉は、はるか以前に歴史の彼方に消え去っているべきであった。しかし今なおこの言葉は強いリアリティーを持っており、そのこと自体が現在を鋭く突き刺す。いかにしてこの言葉を昇天させるか、我々の重い課題であろう。そしてそれは必ず果たされなければならない。」と詩人は書いています。
 当然のことながら、「この言葉を昇天される」には、ヤマト側の人々がこの詩集の問いかけを正面から受けとめて、それにどう応答できるのかを真剣に討議することが不可欠です。しかし、残念なことに、ヤマト側の知識人の大多数は、この問いかけに真剣に向き合おうとせず、目を背けているのが現状です。

 日本列島全体の軍事要塞化に向けた動きを日本国が着々と進めようとしている現在、それを支える論理のデタラメさを明らかにするためにも、琉球弧で進められている自衛隊ミサイル基地建設について、地元住民の視点から考えることが不可欠になっています。
 その点からも、『日毒』の問いかけ対して、ヤマト側の人たちがしっかりと受けとめ、応答することが重要です。

 ここでは2篇だけ紹介しましたが、まず、詩集『日毒』全体をお読みになることからはじめてください。 (コールサック社 http://www.coal-sack.com で購入できます。)

手文庫

その時すでに遅かったのだ
祖母の父は毎日毎日ゴーモンを受けていた
にわか造り穴(ミィー)のある家
この島では見たこともないガッシリ組まれた
格子の中に入れられ
毎朝ひきずり出されては
何か言えと
迫られていた そしてそれは
みせしめに かり集められた島人たちに無理矢理
公開されていた 荒ムシロの上で
ハカマはただれ血に乾き 着衣はズタズタ
その日のゴーモンが過ぎると わずかな水と
食が許され その
弁当を 当時七才の祖母が持って通っていたのだ
祖母の家は石の門から
玄関まで長門(ながじょう)と呼ばれる細路が続いていたが
その奥はいつも暗く鎖され
世間とのあれこれはすべて七才の童女がつとめた—-
こんな話を 祖母は 全く
ものの分からない小さなわたしにぶつぶつぶつぶつつぶやき語った
祖母の父は長い厳しい拘禁の末 釈放されたが
その後一生一語として発声することなく
静かな白い狂人として世を了えたという
幾年もの後 廃屋となったその家を
取り壊した際
祖母の父の居室であった地中深くから ボロボロの
手文庫が見つかり その中には
紙魚に食われ湿気に汚れ 今にも崩れ落ちそうな
茶褐色の色紙が一枚 「日毒」と血書されていたという

山桜

 —敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花—

沖縄島(じま)中部
平和(うるま)市にある米軍キャンプ・コートの一場面
床には部屋いっぱいに石垣島 西表島 宮古島 その他辺りの島々の
大きな地図が広げられ
ぐるりを米軍海兵隊 日本自衛隊が
あの迷彩服の軍服に身を固めらんらんと眼を光らせて取りまいている
指揮官とおぼしき丈(たけ)高い一人がピッタリ履いた軍靴を鳴らし 地図の上を
何かを説明しながら得意然と鋭い動きであちらこちらを歩いている
日米共同方面隊ヤマザクラ YS-71の演習の戦闘予行

米軍は対中国戦争の詳細を念入りに吟味し
その結果は第三次世界大戦勃発 両国国民殆ど死滅に至り
あまりにも犠牲が大きく しかも勝敗さえ定かならず と
中国対その周辺の国々 例えば
中国対韓国 中国対台湾
中国対フィリピン 中国対—-
その作戦は言わずと知れた米軍得意のオフショアー・バランシング(沖合作戦)
ある敵への直接攻撃はせずに その敵を探り出し
その勢力に武器 弾薬 謀略 資金を大量に投入し肩入れし
敵と敵とを沖合において戦わせ 自軍は戦場から遠く離れた穏やかな海岸で
いながらにして利益と安全を手に入れるという実に旨(うま)い作戦
ホメイニのイラン革命にイラクのフセインを対抗させ
八年間も苛々(いらいら)とイライラ戦争を継続し その間 思いがけなく
そのフセインが怪物化すると 直(ただ)ちに湾岸戦争 よってたかってフセインを潰し
アフガニスタンへのソ連侵攻に対してはビンラディン率いるアルカイダぶっつけ
アフガン戦争をはなばなしく展開
垂れ流される豊富な資金と次々手渡される最新兵器で
ビンラディンが勝ち続け強大化するとすかさず彼を砂漠の果てまで追い廻し
ついに発見急襲し さあ これまでと暗殺する
アメリカは二十年以上も戦争ばかりでそれでも懲(こ)りず
(何しろ利益と安全 死ぬのは貧乏人階層出身の哀れな兵士たちのみ)
(軍事費いよいよ増大し 笑いがこぼれてたまらない)

さて今度はおこぼれ目当ての自発的対米従属国家
サクラ咲く美しい日本国を唆(そそのか)し
秘密保護法可決(させ) 集団的自衛権を解釈改憲(させ)
安保法制・戦争法案二十本をひと束にして可決成立(させ)
武器三原則を撤廃(させ) 防衛予算を異次元的に増大化(させ)
パック・スリー オスプレイ初め何千億円分の武器兵器を購入(させ)
米軍ついに発動 オフショア・バランシング(沖合作戦)
日本対中国との対決を執拗に迫る

徹底的に自発的対米従属国家サクラ咲く美しい日本国
アメリカという騎士に乗られてよく走る馬
鞭打たれれば打たれるほど勢いつけてよく走る馬 しかしその狡さは親分勝(まさ)り
己れは決して損しないその原則をたちまちコピー 日本式沖合作戦をひねり出す
それは簡単 それこそ
与那国島 石垣島 宮古島 沖縄島 奄美島 旧琉球域
今はその名も南西諸島 日本ではあるが
日本ではない場所 ここを沖合と苦もなく即決
(こんなところは 戦争以外に使う価値ない)
(住民たちが死のうが生きようが そんなことは知ったことか) そしてそれを
うやうやしく米軍にたてまつる
七十年経ってもまるであの天皇メッセージそっくりそのまま
日毒ここに極まれり
(その腹中はどんな他人を犠牲にしても 自分だけは生き残る)
(血の色の大輪咲かせ己れだけは生き残る)
日毒ここに極まれり

戦場は決まった
あの海域や島々でいかに激しい戦闘があっても この日本 色かえて
美しい山桜咲く そのサクラの花弁(はなびら)一片(ひとかけら)も散らないよ 戦場から遠く離れた なだらかな入江重なる沿岸地域 日本国へは決して被害は及ばない
及ばないように戦場をひたすらある島々へ極限する
極限するには狡知極まる奸計必要
まずこの狭い戦場にのみ中国をひっぱり出すには尖閣列島が最もいいカモ
活餌(いきえ)だ 撒餌(まきえ)だ それはすでに用意周到 尖閣問題棚上げ無視し厚顔無知の
無責任心臓が尖閣購入ぶち上げて 日本国中皆国士ぶり
あわてふためき日本国家の尖閣購入 これで尖閣は豊か安全 生活の海から
国家を担(かつ)がされ 危険水域へとなり果てる そして次に 次々に
抑止力と称して各離島離島にミサイル配備 その照準を中国にきっちり定める
それは実は敵攻撃を真正面に引き受けようと誘導集中するための巨大標的
(抑止力とはまっ赤ないつわり)
島の人間どもには「お前たちを守るのだ」「悪いのは侵略中国」と煽りたてよう
単純な魯鈍ぞろいの細い目のケチな奴らに何が見えるか 少し何かの匂いを嗅(か)がせ
キンキラキンの大義名分チラつかせ
「捨て石になれ 防壁になれ」「今に敵が攻めてくる それを止めるのは君達だけだ」と
言いふくめ我々の手先に育てよう
(我々がアメリカに懐柔されたように)
(我々がよく躾けられ千里を走る馬となったように)
あいつらを天の頂上までおだてあげ単純無類の型に嵌め込み
思考停止 万里の直線を走らせよう
そのカラクリに気付いた奴は 銃剣突きつけ
「生贄(いけにえ)となれ」「犠牲となれ」「人間裸かの楯となれ」次から次へと脅迫しよう
絶対抑止力(実は巨大誘導標的)高々掲げた島々に配備した自衛隊基地の
その後ろに米軍はひっそり隠れ顔かくし だが
指揮権はがっしり握って (自分たちだけの退避手段は誰にも明かさず万全確保)
この戦略体制を一日も早く構築し切れ目なき標的配置
南西諸島を戦場とする地域限定戦争をすぐにでも始めよう
(ヒヒヒ 日本も中国も死力を尽くして衰退するさ
これがわがアメリカ軍の最大利益——)

さあ作戦を練りあげよう Let’s begin, Be quiet!
You all listen to me!
大声あげて鞭を振りふりあちらを指したりこちらを指したり
指揮官すばやく重い軍靴で地図の上を走り回り
ぐるりの幹部は狂気に燃えて眼をらんらん 時々うすら笑いを走らせながら

指揮官よ ぐるりの幹部よ
見えないか 君らが踏むたびに足もとの地図から血が噴きあがる
振るう鞭から火炎(ほのお)があがる
血塗られた地図から叫びが燃える
(我らの郷土を軍靴で踏むな!)
ここは人間の住む島だ
家族がいる 子供がいる 老人がいる 仔犬がじゃれる 鳥が鳴く
団欒がある 生活がある 労働がある
ここはやさしい平和(うるま)の島だ
見えないか 人々が懸命に生きている姿が
聞こえないか 深い感情の奥底から湧きあがる歌々を

 アッタラサーヌ カナスファー       (大切な大切な愛し児よ)
 ドゥ ヤファー ヤファー スダチョウリ  (身体健やかに育ってね) 
 ナサキ キュラサ ナリトウリ     (情緒清らかになっておくれ)
 キムヤ マイマイ ナリタボリ    (心は 大きく 大きくなあれ)

聞こえたか
感じないか すべての自然に自然の背後に万遍なく生きている祈り
日本国自衛隊よ いったい
君達の山桜は何色か 海兵隊一人一人よ
君達の桜の花はどんな色か
血の色か 火の色か 呪いが込められた狂気の色か
飢(き)の色か 欲望血塗れ牙(き)の色か

君達暗黒地域限定戦争はたちまち次々エスカレート 失敗連続
連続失敗 もはや
第三次世界大戦 核戦争が始まってしまう
傲慢の極み
愚かの極み
平和(うるま)の市(まち)で邪悪な企(たくら)み
地域限定戦争はパチパチ爆(はじ)ける導火線
導火線 どんな小さな割れ目にもパチパチ入れ込む導火線
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ——