作品の多義性、重層性

●賢治の作品の魅力のひとつは、ひとつの作品の中にいくつもの層が重なりあっていて、そのためにさまざまな読み方ができるという点にある。こうした重層性や多義性は、賢治が作品を何回も書き直していく過程で加味されている。賢治の作品の書き直しは、部分的な手直しとは限らず、骨格が変わりまったく違った作品になってしまうことも多い。
 「農民芸術概論綱要」の最後の部分に「永久の未完成これ完成である」という言葉が出てくるが、書き直しの過程で作品の根底からの問い直しがなされ、賢治にとっての本当の作品に近づける努力が重ねられている。

●たとえば、「風の又三郎」の初期形に「風野又三郎」があるが、これは風の精である風野又三郎が村の子供たちと直接に対話する形になっていて、転校生の高田三郎は出てこない。ところが、「風の又三郎」になると村の子供たちと直接に接触するのは、転校生の高田三郎になり、風の又三郎は夢の中でしか姿を現さない。そして、地元の子供たちは、異邦人のような高田三郎に重ねて風の又三郎の出現を感じとる。こうした三郎と又三郎の間を微妙にゆれ動く両義性が「風の又三郎」の独特な魅力となっている。
 また、「風の又三郎」には、「種山ケ原」と「さいかち淵」という物語が変形してとり込まれていて、それぞれ重要な位置を与えられている。

「銀河鉄道の夜」も何回も書き直された作品であることが知られている。最後の第四稿と第三次稿の間には、後者で最後に登場してジョバンニに語りかけるブルカニロ博士の部分が削除され、冒頭の学校の授業の部分が書き加えられるなどやはり大幅な変更があり、印象が大きく異なる作品に変わっている。
 第四稿がもっとも作品としてのまとまりがいいものになっているのは確かだが、「銀河鉄道の夜」で賢治が何を問いかけようとしたのかを知るには、そこに至る異稿も不可欠だと言える。


賢治作品のユーモア
賢治作品のリズム
星や風、生き物からの
贈り物としての詩、物語
科学と詩の出会い
科学と詩の出会い・2
心のたしかな出来事
としてのファンタジー
異質の者に対して
開かれた心
子供から大人への
過渡期の文学
作品の多義性、重層性
作品における
倫理的な探究
エコロジスト的な探究
教師としての賢治
社会改革者としての賢治

宮沢賢治とは誰か  宮沢賢治の宇宙