●賢治は、優れた科学的な観察力をもつと同時に子供のような心をもち続けた人で、冷静な現実世界の観察と神話的な空想の世界とを往き来し、両者を結びつけることができた。そういう意味で、科学者であると同時にシャーマン的な性格の持ち主であったと言える。つまり、境界を超えて、あちらとこちらを媒介する人だった。 そうした資質をもった賢治にとってファンタジーとは架空のことではなく、「たしかにこの通りその時心象の中に現れたもの」(「注文の多い料理店」の広告)であり、どんなに奇妙に思えようとそうした心の深部から生まれてくるものに真理が含まれると賢治は考えた。
●そこで賢治の物語では、登場人物の人間と生き物や場所との交感が高まりファンタジーの世界に踏み込んでいく心の状態の移り行きが繊細にリアルに描かれることが多い。 ●「インドラの網」でも、冷静な観察者の視点と幻想とが独特な形で結びつけられている。この作品では、科学的な見識をもった旅人が疲れて空気が希薄な高原を歩くうちに、意識は幻想的な状態に入り込むが、それを科学者の意識が観察しているという書き方になっている。 |
|
|